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瓦松庵逸稿
- 著者
- 中野武志
- サイズ
- 四六判
- 頁
- 336ページ
- 製本
- ハードカバー
- ISBN
- 978-4-86000-553-5 C0095
- 発行日
- 2026/02/01
- 本体価格
- 2,300円
太平洋の孤島にあって、
不思議な像が一様に彼方を見つめている。
遙か海の向こうを。
島にありながら、海の彼方のみに
ひたすら気をとられて。
一心に待っているのは何だろう。
神か魔物か、救世主か怪物か、大いなる希望か。
いや、そもそもいつか何かが
現れるということがあるのだろうか。
その不明さをものともせず一心不乱に、
見つめ、待っている。そも彼らは何者で、
いったい何を待っているのか?
ひょっとすると一冊の本ではないだろうか。
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この著は「瓦松庵」ものと自称する書きものの第四作に当たる。
小林秀雄の『考えるヒント』集中の「学問」の章に伊藤仁斎の事としてこんな
事が紹介されている。仁斎は「論語」「孟子」の二書をこれこそ真に学ぶべき書と
見て熟読玩味したのだが、生半可の熟読玩味ではなかった。「之を口にして絶たず、
之を手にしておかず」というのだから、論語と孟子を朝から晩まで毎日声に出し
て読み、手にとって止めなかった、というのである。本人の言うところによると、
それを五十年続けたというのだ。読みかつ考えて五十年にもなると、孔子、孟子の
「謦咳を承くるが如く、其の肺腑を視るが如く」で「真に、手の舞ひ、足の踏む
ところを知らず」と。
これはたいへんなことである。私はシリーズ最初の『瓦松庵残稿』の冒頭部分に
国語学者金田一春彦さんの体験記を取りあげた。氏は佐渡だったかでの言葉の採集
旅行からの帰り、船の甲板で寝転んで済ませたばかりの採取言葉群のことをぼんや
り考えていた。すると、ふいにある直観が働き、言葉に関する鋭い発見をしたという。
嬉しくて嬉しくて、立ち上がり甲板を踊り回った。「手の舞い、足の踏むところを知
らなかった」とは氏の言である。読んでいて、学問上の難問の解を遂に見つけた喜び
のさまが目に見えるようで、私はいたく感動し、「知る」ということがどれほど人の
喜びとなるものであるかの例証として紹介したのだった。
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